勝算のわかっている賭けはもうやめた。

俳優・塩崎こうせいの“焦燥”。

 

塩崎こうせいは、2017年、ついに通算100本目の舞台を迎えた。小劇場を主戦場とする俳優で、これだけの本数の舞台に出ることは並大抵のことではない。有名無名に関わらず、精力的に、もっと言えば貪欲に場を求め続けた塩崎だから到達した数字だろう。だが、塩崎本人はそのことに何一つ満足していない。相変わらず彼は飢えている。リングに立つことでしか生の実感を得られないファイターの目で、孤高に演劇界と対峙している。

彼が望んでいるものは、きっと眩いメダルや連勝記録の類いではない。もっと別の何かが彼を動かしている。敢えて、名前をつけるならその衝動の名は“焦燥”。今、塩崎こうせいは“焦燥”の渦の中にいる。

自分とは正反対の男だと思った。

末原拓馬という才能に反応した理性と本能。

2017年10月、塩崎こうせいは自らが所属するX-QUESTの本公演『愛だ』をもって、通算出演舞台数が100本を超えた。そこから俳優座劇場で上演された『ヘルプマン!』を挟んで、現在はリジッター企画『そこのこと』の稽古真っ最中。2月に控えるZ℃は、自身103本目の舞台。末原拓馬含む4人の出演者の中で最年長となる。

 

「拓馬くんとの出会いはね、16年のホチキス(『値千金のキャバレー』)が最初なんですよ」

 

そう切り出して、塩崎は末原拓馬との思い出を辿りはじめた。

 

「正確に言うと、実はもっと前に彼がやっているおぼんろの舞台を観たのが最初なんですけど。拓馬くんの噂は前々から聞いていて、どんな芝居をやるんだろうと試しに観に行ったのが、13年の『ビョードロ~月色の森で抱きよせて~』。すごくキラキラした作品で、これは売れるなというのは観てわかりました」

 

塩崎自身、日頃から多忙な稽古の合間を縫って、積極的に劇場に足を運ぶタイプの俳優だ。個人的な趣味は別にして、その劇団が伸びるか伸びないか判断できる程度の慧眼は養っている。9割がた女性で埋め尽くされた客席を見渡して、後に4000人近い動員力を誇るまでに成長するおぼんろの未来図が透けて見えた。だが、塩崎本人の琴線にふれたかと言えば、必ずしもそうではなかった。

 

「僕は人の暗部に足を踏み入れるようなゴリゴリの会話劇が好きなタイプ。おぼんろのキラキラした感じは真逆だったんですよ。しかも、拓馬くんは背が高くて身なりもシュッとしていて、僕とは見た目からして正反対。だから、ないものねだりというか、どちらかというと反骨心みたいな気持ちの方が強かったかな。それからもおぼんろという名前を聞くたびに『あのキラキラしているところね』ってどこか一線を引いたような立場でいたんです」

 

そう恥ずかしそうに浮かべた苦笑いに、塩崎こうせいの無骨な役者魂を見た。反発する演劇人としての理性。だが、本能は末原拓馬の才気をはっきりと認めていた。そんな複雑な気持ちを抱えたまま、ふたりの線はしばらくそれぞれの方向に向かって伸び続け、16年、共演者として初めて大きく交差することとなった。

 

開けっ広げなのに、どこか孤高。

末原拓馬は、誰にも似ていない男だった。

「会っていきなり『こうちゃん』って呼んできて。あまりにも馴れ馴れしいから、俺のこと知っているのかなと思ったんだけど、どうやらあんまり知らなかったみたいで(笑)。なるほど、そういう人なんだなと思いました(笑)」

 

そう第一印象を振り返る。末原拓馬は、壁がない。初対面の相手でもまるで十年来の友人のように振る舞い、周囲を唖然とさせる。だが、そんな天性の人たらしに対し、塩崎こうせいの頭の中で浮かんだのは「孤高」の二文字だった。

 

「一緒に稽古をしているとね、感じてくるんですよ、ああ、彼は孤高の人なんだって。お芝居をやらせてみても、団体芸みたいな演技より、完全に個でやった方が輝くタイプ。人との付き合い方に関しても、彼が開けっ広げなんで簡単に自分も一派に入れたような感覚になるんだけど、ふとした瞬間の彼はとても孤高で。それを周りが助けているんだな、と。そういう印象でしたね」

 

取り立てて仲良くなったというわけではない。あくまで現場を共にした共演者という間柄だ。だが、その印象は不思議と唯一無二だった。

 

「彼に対しては、日本の演劇人っぽくないなと思っていて。僕も共演した俳優の人数だけで言えば、その当時ですでにざっと1000人は超えているんですよ。だけど、誰一人として似ている人がいない。不思議な人ですね、末原拓馬という人間は」

二度目の対峙。作品に揺るぎない強度をもたらした演出家・末原拓馬の人類愛。

それから1年余りのブランクを経て、末原と塩崎は『イムリ』という舞台で再び現場を共にする。そこで塩崎は末原拓馬の演出家としての顔と出会った。

 

「独特だったんですよ、彼の演出の進め方が」

 

そう塩崎は述懐する。通常、日本の演出家は、各自俳優に台詞を覚えてきてもらい、その成果を稽古場で確認しながら、目指す方向へ調整・先導していく。だが、末原の稽古場のあり方は少し違っていた。まずは稽古を始める前段階で、その場面の状況を背景から遡って事細かに共有する。それも、その場面に出てくる俳優だけでなく、すべての出演者に対して。そうやって、全員が状況を共有することが末原のつくり方においては欠かせない儀式なのだ。

 

「そうするとね、稽古場の空気が全然違うんですよ。特に稽古の初期ほど、役者というのは自分が台詞をちゃんと入れてきたことを誇示したくなるもの。でも、拓馬くんは台詞が飛んだとか噛んだとかそんなことはまるでどうでも良くて。その場の空気が合っていることを何よりも重視している。若い頃に受けた海外の演出家のワークショップがまさに拓馬くんと同じ理論の持ち主で。そういう演出家に日本で会ったことがなかったら、すごく新鮮でした」

 

末原は、台本の読解や役の掘り下げに不足のある俳優がいても、決してその俳優だけを集中して訓練することもしない。なぜなら芝居は互いに影響し合って成立するものだからだ。相対する俳優、周りの共演者、それぞれにも不足する部分があるかもしれない。その考えのもと、全員に柔らかく説明を施す。

 

「そういう稽古を毎日積み重ねていると、自然と役者の意識や集中が上がっていく。役が染みこんでいくっていうのかな、そういう感じで。しかもそのスピードが驚異的に速い。『イムリ』は稽古期間があまり長くはなくて、そのくせ台詞量が膨大だったから、これはちょっと間に合わないんじゃないかという危機感がみんなの中であったんですよ。でも、稽古を始めて2週間が過ぎた頃には、もうみんな役が自分に染みこんでいた。これはすごいことだと思います。だからたとえ本番でミスが起こっても、ちっとも場の空気が壊れない。えげつない強靱さが、あの作品にはありました。それもすべて拓馬くんの演出の力でしたね」

 

そんな末原流の演出方法にふれて、塩崎の中の末原拓馬像は大きく変わった。

 

「普通大人になれば、少なからず自分のやることに対して『仕事』という意識ってあると思うんですよ。でも、彼の芝居への取り組み方はそういうものを凌駕している。恥ずかしい言い方になるけれども、愛があるんだなって。それも演劇愛なんてレベルじゃなくて、もっとでっかい、言うならば人類愛みたいなもの。彼のつくった作品を初めて観たとき、キラキラしているって感じましたけど、きっとあれも本人はキラキラさせようなんて考えていなくて。ただ個人の名声とか富とかそういうものを全部置いておいて、でっかい愛にどっぷり浸かって演劇をつくれば、おのずとキラキラしていくものなんだろうな、と。現に『イムリ』だって、凄惨なお話のはずなのに、どこかキラキラしていましたから」

 

一度は鼻白むような気持ちで眺めたその眩い発光体の真理にふれ、塩崎こうせいは思った。もう一度この男と芝居をつくってみたい、と。100本に及ぶキャリアの中で培った自らの演劇論が、末原拓馬という特殊な才能と融合したとき、どんな作用を起こすのか、もっと体感してみたかった。そして、その願望は思いの外早く実現に至ることとなる。それからしばらくして末原本人から誘いが来たのだ。Z℃という聞き慣れないプロジェクト名と共に。(取材・文/横川良明)

塩崎こうせい

インタビュー

演劇を生業にする人間たちが思想と知識を衝突させ融合させ続ける場、Z℃(ズィド)。今回は、その発足に大きく携わった、俳優塩崎こうせいに思いを語ってもらった。