<プロフィール>

三上 俊(みかみ・しゅん)

1981年11月12日生まれ。東京都出身。04年、劇団スタジオライフに入団。女性役を得意とし、『白夜行』『アドルフに告ぐ』『死の泉』『フルーツバスケット』など多数の劇団公演に出演。10年、『金色のコルダ ステラ・ミュージカル』でミュージカル初出演。12年に劇団を退団。以降も舞台『銀河英雄伝説』シリーズ、舞台『最遊記歌劇伝』シリーズ、ミュージカル『八犬伝―東方八犬異聞―』シリーズ、浪漫活劇譚『艶漢』シリーズなど数多くの作品に出演している。

ずっとワクワクしていたいから、

攻めることを選んだ。俳優・三上俊の“覚醒”。

初めて人前に立つ快感を知ったのは小学4年生のとき。人数合わせで入れられた演劇部でいきなり主演を張り、全校生徒から拍手を浴びる歓びを覚えた。中学進学後は児童劇団に所属し、高校1年生でパルコ劇場の板の上に立ったこともある。大学進学のため、一時は演劇から離れたが、それでも芝居をやりたいという情熱は冷めなかった。04年、劇団スタジオライフに入団。三上俊は人生のほとんどを演劇と共に歩んできた。
だが決してその頃はまだ本当の意味で芝居の楽しさに惹かれていたわけではないと言う。彼が演劇に取り憑かれたのは、もう少し後のこと。舞台俳優・三上俊の“覚醒”は、ある挫折と共にあった。
 
メインからいきなり端役に格下げ。悔しさと共に目覚めた、もっと上手くなりたいという渇望。
艶やかな容貌とは裏腹に、語る言葉は男らしく、一途な芝居熱がある。三上俊はこれまでの歩みを振り返りながら、自らの俳優人生の出発点に想いを馳せた。
 
「劇団に入ったのは、芝居がやりたかったから。その前に事務所にも入ってたんですけど、そこではエキストラとかそういう仕事しかなくて。どうしたら芝居ができるんだろうって考えて思いついたのが、劇団に入ることだったんです。ただ、それも今思えば芝居がやりたいというより、サラリーマンになりたくないっていう気持ちの方が強かったのかもしれない。単純にこのまま勉強して就職してっていうのが嫌で。じゃあ他に何があるんだってなったときに、自分の手札にあるのが演劇でした」
 
スタジオライフは言わずと知れた男優集団。長年のキャリアを誇る先輩たちに揉まれながら、基礎から芝居を学んだ。徐々に頭角を現し、06年、劇団の代表作『トーマの心臓』でエーリク役に抜擢。物語の核を担う大役だ。俳優として、心が躍らないわけがない。だが、その稽古場で三上は大きな壁にぶち当たる。
 
「毎日ダメ出しが止まらなくて。公演中もダメしか言われない。あのときは本当に芝居が嫌いになりかけていて、もう辞めてやろうかなとさえ思っていました」
 
演出家から繰り返し注文されたのは、「人の話を聞けていない」ということだった。若い三上は、その言葉の意味がわからなかった。自分はちゃんと相手の台詞を聞いている。それの何が違うのか。袋小路の中で、ただもがくだけだった。
 
「それでも幕が下りればお客さんの拍手は温かくて。それに救われて何とかやってこられたんですけど。いったい自分は本当に芝居が好きでやっているのか。ただお客さんの拍手が嬉しくて目立ちたいからやっているのか。その答えは、ずっとわからないままでした」
 
葛藤する三上に、さらに厳しい現実が待ち構えていた。直後の公演『夏の夜の夢』で与えられた役は、豆の花。アンサンブルに近い、小さな役だ。『トーマの心臓』で同じエーリクを演じた同期は、再び大役に選ばれている。自分だけが、大きく格下げされたかたちだ。
 
「それがすごく悔しくて。絶対このまま辞められないなと思った。単純に負けず嫌いなんですね。そこでやっと本心から芝居が上手くなりたいって思えるようになったんです」
 
 
やりたいことをやっていいんだ。そう知ったとき、芝居の楽しさに目覚めた。
悔しさが、男を“覚醒”させた。『夏の夜の夢』『銀のキス』と番手の低い役が続き、再びチャンスがめぐってきたのは、07年の『DAISY PULLS IT OFF』。英国の名門女学院を舞台に繰り広げられるガーリッシュストーリーで、三上は主人公の親友・トリクシー役を演じた。
 
「そのとき、初めて芝居が楽しいなと思ったんです。ずっと言われていた『人の話を聞く』ということの意味がやっとわかったというか。今までは単に音として聞いていただけで、自分の中に“入れる”ということができていなかった。相手から向けられた芝居を自分に“入れる”という感覚がわかるようになって、やっと芝居の楽しさが少しずつ見えはじめてきました」
 
三上は自らのことを「目立ちたがり屋」だと称する。だが、元来はひどく内気で自分の意見もろくに言えない子どもだった。そんな内向的な気質が、芝居でも作用していた。もっとこんなふうにすればいいのにというイメージは頭の中であっても、正解がわからないからこそ、それをカタチにするのが怖かった。しかも相次ぐダメ出しで、なけなしの自信はすっかり潰えていた。そんな臆病者の殻を破れたのも、この『DAISY PULLS IT OFF』がきっかけだった。
 
「『DAISY PULLS IT OFF』のときも最初はダメ出しばっかりだったんですよ。それで、勝手に縮こまって閉じこもってた。けど、本番の4日前くらいだったかな。一回自分が面白いと思うものを下手くそでも何でもいいから全部やってみようって気持ちになって。今まで稽古したこととか一切関係なく、自分の思い通りにやってみたんです。そしたら、みんなめちゃくちゃ笑ってくれて。あのとき、初めて自分のやりたいことをやっていいんだって思えた。そこから芝居への取り組みも変わりましたね。まあ、その後、またいっぱいダメ出しをもらったんですけど(笑)」
 
 
末原拓馬との出会い。苦手だったはずが、気づけば無二の友達に。
そこからスタジオライフの中心的俳優のひとりとして活躍し、30歳で退団。舞台『銀河英雄伝説』シリーズや舞台『最遊記歌劇伝』シリーズなど2.5次元系舞台から商業、小劇場まで幅広く活動している。末原拓馬と出会ったのは、16年、浪漫活劇譚『艶漢』での共演がきっかけだった。
 
「顔合わせの日に初めて拓馬に会って。彼は初対面だっていうのに『俊くんよろしく!』ってグイグイ来るんですよ。僕は日頃から年下でも敬語から入るタイプなんで、そういう拓馬のフランクなところが正直言って苦手で。実は第一印象はあんまり良くなかったんです」
 
稽古期間中もさして仲良くなったというわけではなかった。特に悪感情があるわけでもなければ関心があるわけでもない。ごく普通の共演者のひとり。そんな位置づけだったはずの末原拓馬が、三上俊の人生に大きなウェイトを占めてくるのは、それからしばらく後のこと。16年夏に行われた歌謡倶楽部『艶漢』での再会が、ふたりを急接近させた。
 
「そのときの稽古期間が短くて、みんなものすごく苦労していたんですよ。稽古場全体に疲れた空気が漂う中、拓馬だけは何も変わらなかった。居住まいっていうのかな、いつも自然体で。つい挨拶の声も小さくなりそうなところを、彼だけは『どうしたの? 元気ないじゃん』ってテンションで。そこが素敵だなと思ったんですよ。そこからですね、拓馬と急速に仲良くなったのは」
 
稽古場で隣に座っては無駄にじゃれ合い、稽古が終わればビールを飲んで演劇の話に没頭する。末原拓馬といると、なぜか自分も楽になれた。それは、人間関係において器用すぎるところのある三上俊にとっては、とても珍しいことだった。
 
「俺自身は人に距離感を合わせるのが得意みたいで。相手の出方を読んで、それに合わせるタイプなんですよ。でも拓馬に限って言えば、そういうやりとりが全然いらないなって思えた。彼が自然体なおかげで、俺まで自然体でいられた。そういうタイプの役者の友達はあまりいない。それはやっぱり末原拓馬のパーソナリティによるところが大きいと思います」
 
最初は苦手だった末原拓馬の天衣無縫なフレンドリーさが、気づけばいちばん好きなところになっていた。だが、あくまでこの段階ではまだ気の合う友達という認識だった。三上俊の中で、末原拓馬が“尊敬すべき演劇人”に変わるのは、末原が主宰する劇団おぼんろの『ヴルルの島』を観てからだった。
 
 
同じ演劇人として、末原拓馬を認めた瞬間。その煌めきに、男の情熱が誘発した。
「もともとおぼんろを知る役者仲間から拓馬を『天才だ』っていう評判は聞いていたんですよ。ただ、実のところ、『艶漢』で見る拓馬は、俺からすると不器用な印象しかなくて。彼の才能の片鱗を確かめる意味もこめて、おぼんろの芝居を観に行ったんです」
 
そこで、三上は初めて末原拓馬の世界を目撃した。おぼんろ恒例の、冒頭の語り。参加者は全員目を閉じて、拓馬の語りに耳を傾ける。色も音もない世界。そこに語り部の声が呼び水となり、想像力という名の絵筆で、参加者一人ひとりが物語を描いていく。そんな幕開けに、三上も思わず引きこまれた。
 
「素直にすごいなって思いましたね。たぶんあれってまだ小屋とかない時代に使われていた手法だと思うんですよ。いい意味でですけど、今もあんな古い手法を本気で信じている役者がいるんだって、まずそのことが驚きだった。ホン(脚本)も童話みたいな世界観で、すごく好きだったし」
 
小さな空間を、幻想の別世界へと変えるおぼんろ。その煌めきは、気の合う友達という末原拓馬の位置づけを、また少し別のものへと変えた。
 
「よく酒を飲みながら拓馬が演劇について熱く語るのを聞いてはいたんですけど、正直、どこか話半分に聞いていたところがあったんですよ。でも、おぼんろを観て、彼は本気で物語で世界を変えようとしているんだってことが一発でわかった。そこから俺の中で拓馬に対する気持ちがまた変わりましたね。今、彼との関係性を名付けるなら、何だろう。やっぱり“戦友”かな。ありきりたりな言葉ですけど(笑)」
 
学生時代の経験を除いても、すでに俳優としてのキャリアは10年を超える。その三上が、末原との出会いを通じて最も触発された部分とは果たして何だろうか。
 
「演劇に対する熱さは負けないつもりです。ただ、拓馬は演じるだけじゃなく、頭もいいし、ホンも書けるし、絵も上手い。アーティストとしていろんな才能を持っていながら、そのどれもが突出している。そういうところはやっぱり憧れますね」
 
そう語った上で、ひと区切り置いて、本音がひょいっと顔を覗かせた。
 
「いちばんは行動力ですね。今回のZ℃もそう。俺も何となくは思ってるんですよ、こういうことがしてみたいなって。でも、俺は作演出のノウハウもないし、制作のことも何にもわからない。そうやって何かしらできない理由を見つけてすぐビビっちゃうんだけど、拓馬は違う。何にもとらわれないで、思い立ったらすぐにやりたいことをカタチにしてしまう。そこが拓馬のすごいところだし、めちゃくちゃ刺激を受けるところでもあります」
 
 
残りの俳優人生を懸けて、三上俊はやりたいことに挑み続ける。
奇しくも、2018年1月1日、俳優・三上俊は、事務所を退所し、フリーになることを発表した。30歳から35歳という俳優としての充実期を過ごした環境に自ら別れを告げ、何の保障も後ろ盾もない獣道をその足で歩いていくことに決めたのだ。
 
「事務所を辞めたのは、何か面白いことをやりたいって思ったら、フリーという立場の方が身軽でいいかなと思ったから。今はすごくワクワクしていますね。ここから自分のやりたいことをやっていけるんだっていう楽しみの方が大きいから、不安よりもワクワクっていう感じです」
 
まるで新しいノートを買ったばかりの小学生のように、三上は目を輝かせる。白紙のページに、男は何を描いていくつもりなのだろうか。
 
「いずれは演出もやってみたいと考えています。これまでたくさんの尊敬する演出家さんとご一緒させていただいたんですけど、どの作品も自分の中で『あと1割ここをいじれば、もっと良くなるのに』という想いがあるんですね。だから、一度自分でゼロからつくってみたい。自分が10割つくれるかと言ったらわからないです。他が欠けている可能性もありますし。やってみたら思い切り打ちのめされるかもしれない。でも、打ちのめされるならそれでいいと思っています。とにかくやってみなきゃわかんないなって。そんなふうにこれからは俺自身ももっと自分のやりたいことにシンプルに挑戦していければ」
 
今年で37歳になる。俳優としても、中堅どころと呼んでいいだろう。十分守りに入ってもいい年代だ。だが、そんな舗装された道を歩むつもりはさらさらない。
 
「今、守りに入っちゃったら、40歳になったとき、たとえ芝居でメシは食えていても、きっとつまらない芝居するんだろうなって思っちゃうんです。だから、守りに入るつもりはありません。もっともっと攻めていかないと」
 
Z℃は、そんな転機の年を象徴する一本となりそうだ。何の荷物も持たず、装備もせず、4人の俳優が、むきだしの自分をぶつけ合う。
 
「今回は即興芝居。つまり役を演じるというよりも、三上俊そのものをさらけ出す舞台になる。きっと試されるんだろうなと思うけど、何が試されるのかは自分でもまだよくわかってはいない。ちょっと怖いですね、実は。しかも、完全に拓馬のホーム。拓馬以外のおふたりとも初めましてだし。だから一緒につくるというよりも、四つ巴のバトルになるんじゃないかなっていう予感がしています」
 
そう不安を口にしながらも、表情は実に楽しそうだ。ここから何かが動き出す。その期待に、三上俊の本能が躍動している。
 
「俳優って極論を言うと誰でもできちゃう職業なんですよね。名乗れば誰でもその瞬間から俳優になれるし。演出家さえちゃんとしていれば、1ヶ月稽古させれば、誰でもどんな役でもある程度はできるようになると思うんですよ。だからこそ、俺はいつもいちばん面白くありたい。ひとつの役に対して100人いれば100通りの演じ方があるんでしょうけど、俺にしかできない芝居がしたいし、俺が最高でありたいっていう想いはずっと持っています」
 
その信念は今回も変わらない。満たされることを知らない渇望が、三上俊を駆り立てる。
 
「こういう役者になっていたいっていう目標は特にないんです。自分に求めることがあるとすれば、常に全身全霊でいたいなっていうことだけ。もちろんすべての作品が100%満足ということはありません。作品によっては、歯がゆい想いをすることもある。でも、どんな舞台であっても、役者として舞台の上に立つ以上は、自分の役に全身全霊をかけて挑む姿勢は変わらない。この作品で死んでもいいっていう気持ちで1作品1作品やっていきたいと思っています。俺はこの仕事に命を懸けているつもりです。ただ、同じ命を懸けるなら、これからはもっと自分のやりたいことに命を懸けていきたいなというのが、今の正直な心境です」
 
そうして選んだ舞台のひとつが、このZ℃だ。何が起こるかわからない未知の舞台に、三上俊は自分の命をまるごと懸けて相対する。「終わった後、めっちゃ笑顔でお客さんを見送れていたらいいな」とはにかむ。役者魂を燃やし尽くした先に残るのは、そんな眩しい煌めきだ。三上俊は、今、人生で何度目かの“覚醒”のときを迎えている。
 
 
 

三上俊

インタビュー

演劇を生業にする人間たちが思想と知識を衝突させ融合させ続ける場、Z℃(ズィド)。今回は、その発足に大きく携わった、俳優三上俊に思いを語ってもらった。