top of page

予測不能かつスリリング。

演劇の怪物たちが織りなす

クレイジーな夜。

 

靴を、脱いだ。
放るようにして、4人の俳優が裸足になった。
それはまるで臨戦態勢に入った合図のようでもあり、神に捧ぐ儀式のようにも見えて、何だかドキリとしてしまった。
末原拓馬の不敵な企み・Z℃。その第1夜は、そうして始まった。
 
Z℃のルールは、単純明快だ。
まずは開場時に有志の観客が紙にキーワードを書く。4人の俳優がその中からそれぞれ1枚ずつ紙を引き当て、そこに書かれたキーワードを使って、物語を紡ぎ出す。
ラストの台詞も、観客が書いた紙の中から1枚引き当てて決定する。文字通り、神の采配だ。どんな台詞が選ばれるかは、誰にもわからない。ただ、ルーレットをまわすように、あとはその言葉に向けて物語を漕ぎ出していくだけだ。
 
「犬」「箱庭」「引きこもり」「MV」「ギター」etc…。選ばれたキーワードは何の関連性もない。そのでたらめさ加減に、どうやってひとつのお話に収束していくのか観ているこちらの方が心配になる。俳優間で打ち合わせする時間もない。いったい誰が何を仕掛けてくるのか。彼らにすら予測することはできないのだ。それは、闇夜の探検のようだった。いつどこで何に足をとられるかわからない。何が飛び出してくるかもわからない。なのに、なぜか胸はどうしようもなく高揚する。ワクワクする。
 
末原拓馬は、異能異才。日頃から即興演劇に慣れ親しんでいるからだろうか。頭の回転の速さがズバ抜けている。持ち前のブレスを一切挟まない、祈祷のような台詞回しで繰り出されるモノローグが、何もない美容室の空間に様々な景色を編み出していく。突然織り込まれるアイデアも奇想天外だ。彼がボールをひとつ放り込むことで、何の変哲もなかったストーリーが、身の毛もよだつホラーに、あるいは感動のファンタジーへと変貌する。
 
三上俊は、機略縦横。常に一歩引いた目線から状況を見据え、この局面ならどんな手を打てば面白いか、冷静に捉え、実行に移す。そのクールな佇まいが印象的だった。
 
塩崎こうせいは、勇猛果敢。三上とは対照的に、思いつくままアグレッシブに攻めの姿勢を貫く。時にそれが無軌道であっても、力づくでねじ伏せていく豪胆ぶりが面白い。
 
コロは、神出鬼没。物語の途中でひょいっと現れては、まるで道化のようにかき回し、忽然と去る。そしてそのさまを、誰よりも彼女自身が嬉々として楽しんでいるように見えた。
 
照明、音響もまるではじめから準備されていたようなシンクロニシティを見せる。そのセッション感はジャジーであり、その挑戦的な姿勢は骨太なロックでもあった。
 
第1夜は、計4つの物語が誕生したが、個人的にひとつ挙げるなら、最初に生まれた月食村にまつわる呪いの物語に惹きこまれた。ちょっと肥満気味の同名のハリウッド女優のせいで、「デブ」とからかわれてきたケイト(末原拓馬)。彼の前にふたりの旧友が現れる。東京の大企業に就職し、やっと故郷に錦を飾ることができたと誇らしげに帰省を果たすコウスケ(塩崎こうせい)と、ずっと友達のふりをしていたけれど、本当は自分もケイトをいじめていたのだと懺悔するショウ(三上俊)。観光名所も名産物もない辺鄙な村で共に少年時代を過ごした3人。ノスタルジックなヒューマンドラマのようにして始まった物語は、突然ケイトが“村の秘密”を告白したことで、一気に流転する。寂れゆくこの村の大人たちは、人間を殺し、その臓器を売りさばくことで、生計を立てているのだと言う。そして、それを偶然耳にしてしまった少年(コロ)は恐怖のあまり逃げ出すが、助けを求めるようにして飛び込んだ自宅で、信じられない光景を目撃する。
 
「私のかわいいケイト」「月食」「旅」「ココア」という4つのキーワードをもとに、どんどんストーリーが展開していく、そのダイナミックな牽引力が最も発揮されていたのが、この物語だったように思う。4人の俳優も呼吸を合わせるというよりは、むしろちょっと間違えれば途端にバランスが狂ってしまうパワーゲームの様相で、その攻防戦が抗えぬ引力となって空間に磁場をつくる。
 
特に、会場脇に設えられていた脚立を末原が物見櫓に見立て、そこによじ登って村民たちに呼びかけをするシーンは、地上の3人も同時多発的に仕掛け合い、演劇的なミザンスも秀逸で、これが即興で生まれたのだから、まったく怪物じみている。
 
最後の台詞は、「月が綺麗ですね」。文豪・夏目漱石が、「I love you」の訳として用いたことで知られるこのフレーズが、どのように使われるのか。観客が呼吸も忘れて見守っている中、終盤は狂気と恐怖が渾然とし、怒濤の展開へ。想像のつかなかった結末に、物語が幕を下ろした後も、衝撃の余韻で肌が異様な火照りを帯びていた。
 
このZ℃は、計2日にわたって開催される。2日目となる今夜は、第1夜で紡がれた4つの物語をブラッシュアップし、ひとつの物語として完成させる。今、この原稿を書いている最中も、俳優たちはぶっ通しの稽古の最中だ。いったいここからどんな進化を見せるのか。末原は、このZ℃を即興劇ではなく、「物語が生まれるという物語」と定義づけていたが、その言葉が意味が実際に体験してみてよくわかった。今まさに私たちは物語が誕生する、その瞬間を共有・体験しようとしている。第1夜の体験者はもちろん、第1夜を体験していない人も、このクレイジーな夜にぜひ駆けつけてほしい。きっとどんな上等な劇場へ行っても、体験できない興奮が待っている。
 
最後にひとつ、とても印象的だった光景のことをお話ししたい。ある場面で、塩崎こうせいが逆立ちをした。そのとき、彼の足の裏が見えたのだが、裸足になった彼の足裏は真っ黒になっていた。
 
その真っ黒な足の裏を見た瞬間、そう言えばこんなふうに足が真っ黒になることなんて、大人になって久しくなかったなと思った。小さい頃は、汚れることなんてまるで気にしないで、夢中になって遊んでいたと言うのに。
 
そしてわかった。ああ、そうだ。これは戦いでも祈りの儀式でもない。彼らにとって、これは最高にクールでエキサイティングな遊びなのだ、と。演劇という不毛なジャングルに棲息する4人の怪物の、プライドと才能を懸けた本気の遊び。大人の常識も、名声も、損得勘定も放り出して、集まった観客と一緒に、誰も予測のできない遊びに興じる。だから、プレイヤーも、観客も、不思議なアドレナリンで沸き立つのだ。だって、本気で楽しんでいるヤツらには、誰もかなわないのだから
 
そして、この遊びは、きっと革命へとつながっていく。Z℃には、この先もっと見たい景色がある。停滞や矛盾を打ち破るのはいつだって、何の打算も駆け引きもない、純真無垢な冒険心なのだ。
bottom of page